あー blog

説明するような内容が皆無

もう少しで1年 

今の仕事がもう少しではじめて1年も経とうとしている。今までバイトでも仕事でも1年以上続いたことなんて無かったし最長記録である。

それに一人暮らしだし、なんだかんだ凄いぞ自分。。

23を過ぎたあたりで少し軸のようなものが見え始めた気もする。もはや人にどう言われても変わらないところというか。今まではふにゃふにゃだったものがちょっとだけ固くなったような?

 

 

やはり大学とのつながりが強くそちらに気を取られ、今の職場に馴染む気の薄い自分に罪悪感に近いものも感じていたが、ようやくそれで良いかと開き直れるようにもなってきた。

やはり大学時代の仲間+発展系が本当に面白い。絵を描く人、モノを1から作る人が私は好きだ。

絵を描いている人を想像するのが好きだ。

あと大学の人達、とても賢い。なんというか清々しい、一緒に接していて嬉しい気持ちになる。

 

それでも最近絵も描いてないし、写真も現像し損なっているのでどうなることやらという感じである。しかし来年1作品作るべく、準備はしていこうかなと考えている。

 

最近本当に映画観てないなあと思って、アマプラにある700本くらいの映画を整理してみたら観たことないのは500本くらいであった。

Fire stickとプロジェクターも買ったことだし、こっからぼちぼち観ていくか。

一応記録として残しておく。

まさかの絵コンテの紙笑

 

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p.s.

それにしても私は場所に執着するタイプの人間なんだなと思う。一応人にもしてるんだけど。笑

 

書かねば

今の仕事を始めて10ヶ月経った。

前の仕事は12月いっぱいで辞めたから社員としては最長記録、4月を越したらバイトも含めて最長記録更新である。

だからといってすごく向いてるとも思わないが。10月に書いたブログをみて、あぁそうだった自分はこういった価値観の持ち主だったんだと改めて気付かされた。それくらいずっと働いてると大学時代の価値観とは遠ざかっていってしまう。それでも私は10年は大学を引きずると決めているのでこの価値観を身体の中に保ちつつ土日は創作活動に入っていかないといけない。今は外出は普通に出来るのだが創作までは中々いかない。頭の中のイメージをどうにかして外に出さなくては。

とはいえ自分はどう考えても個人事業主タイプだということは嫌でもわかってきた笑 会社員向かねえわ。。アニメ業界とは相性悪くないと思うけど。でも今の仕事は続けていかないといけない。少なくとも4年目標で。どうなるかは何も保証はないけど。

 

そういえば河瀬直美の「光」がめちゃくちゃ良かった。多分音声字幕をつける仕事をしている女の人の仕事のモチベーションがあの写真家を理解したいという一心で仕事をしてるところがすごい良かったのかな。あの人は幸せなんだろうな。

最後のカット好きだなあ。。河瀬直美はそんなに見ようと思ったことが今までなかったから思わぬ収穫だった。

 

 

⚪︎△◻︎

近況報告

最近ようやく仕事に慣れてきて、半年経ってようやくやること何もない日は休んで良かったということに気が付く。笑 休みますとも。

この働き方が許されるのはすごいと思っている。もう一生アニメ業界に居続けようかな(冗談)流石に33歳をこえたら別業界にいこうと思ってはいるが。そもそも関東から離れるし。滋賀県の大津あたりがよいなと思っている。そこから京都や大阪にある映像系orイラスト系の会社とかまあアニメ会社が通ればアニメの会社でも良いな。

 

そこまでに自分が出来る限り極限まで絵を上手くなっていないとなとは思っている。それが今後の人生の命運を分けそうな気持ちが直感的にするので、、、。あとは大学院や日芸関連のことがどうなっていくのかの方が私にとっては大切である。もう大学名言ってしまった。卒業したからいいや。 意外と私は日芸の卒業生であるという自認がかなり強いタイプなのだが外からみるとかなり分かりづらいであろう。そして高校時代のおかげで今があるにも関わらず高校までの生活のことをほとんど忘れてしまった。

今はこのブログに残っている高校時代の文章が私の記憶を繋いでくれている。あの時の感性があったからこそ今自分はここに立っているので辛かったけど寺山に出会えたことは人生の中で起きた奇跡の一つだと思っている。いま草迷宮をみてあんなに感動出来るんだろうか。あの時は頭に雷が落ちたかと思うくらいの衝撃だったけど。なぜあの時の自分があんなに寺山にハマったのかはよく分からない。多分ここじゃないどこかに連れて行ってくれる人を探していたのかな。あとは逃げ場のなさか。窮地に立たされた時に私の感受性が火事場の馬鹿力を発揮してくれたのかもしれない。

一種の駆け落ちだよね。あれから5年経ったけど今でも平和に暮らしています。数少ない人間関係ですが創作と映像を愛している人たちに囲まれて幸せです。世間で評価されている人たちにも会いましたが、評価されてるか否かではなくその様な人たちとも上手く付き合いながら映像を本当に愛している人たちと繋がれたことは今後一生の財産だと思っています。いつか仕事でもそんな人と巡り会えたら良いな。

 

話は戻って実際に私なんかよりもよっぽど研究熱心で大学院に行くタイプの人ってそんなに奇抜な人いない気がする。イメージで語られがちである。逆にアニメの会社で働いている人の方が派手な人が多いイメージだなあ。良くも悪くも。最初結構アットホームな雰囲気の会社だと思っていたのだが学生のころのゼミのアットホームさと比べたら全然ビジネスライクだったのが驚いた。わりと上下気にするというか。個人制作をしている人が上下関係気にしなさすぎではある。

フラットな関係性に慣れていたので会社員って大変なんだな。それでもアニメの会社だからまだ全然良い方だとは思う。そのうちもっと時間の使い方が上手くなれたら良いなと思う。まだ集団制作にはなかなか慣れないが。。。3年くらいしたら大分板についてくるのだろうか。

 

以上近況報告でした。

 

 

 

かえる

仕事を始めて半年、試用期間が今月でようやく終わって社員だあーー!!といっても他社の仕事をしているが。

 

仕事はだいぶマシになってきた。少しずつやらなければいけないことが可視化される度に💩の気持ちになる。それと同時に大学という離島から離れてまた新たな港に到着した感じなのでたどり着けたことに少し安堵している。良かった。

 

それでも大学時代を思い出して泣きたくなる時もある。本当に楽しかった。心から感謝の気持ちで一杯である。まだまだ映画も観るし、自主制作も作るけどあの頃の純度100の精神性はもう返ってこないんだろうな。

映画学科を卒業してアニメの仕事をしてるので、私の周りの人間も大分偏りに偏ってるが、街中でスーツ姿の人を見かけるとどんな仕事をしてるんだろうなと思ったりもする。私にはきっと一生交わる事のない人達なんだろうな。

 

16歳ごろから始めたこのブログも7年目、23歳になりました。

高校時代からミニシアター系の映画にハマり映像系の学校そしてアニメ業界にいるので、少なくとも中学時代の自分には想像もつかない場所にいるのかも知れない。

この後どんな事が起こるんだろう、想像もつかない。私はどこにいっちゃうんだろう、、、。笑

仕事の話は学校の話と違ってここでは出来ないのがもどかしい。SNSでめっちゃ言ってる人も見かけるけど。。。そういうところ緩いんだろうね。

 

自分のアイデンティティは確実に大学、並びに映像作家よりの思考をしてるので上手く仕事が成り立ってると嬉しいんだけど全ては闇の中。

 

同期みんな元気にしてるとよいな。

改めて思うこと

小学生の自分はクレジットに載ってる人をなにか異世界キラキラワーカーだと信じていたけどマジで普通の人たちです。少なくとも私にとっては、何なら家族や高校までの友達の方が異世界星人だったという真実。

 

夢だったことが現実で現実だったことが夢だった。というのはある意味言い得て妙だったかも。

 

週末実家に帰って思いました。流れる時間の遅さと繊細さとはかけ離れた生活に対して。よく今まであそこで過ごせたもんだなとも感じます。

私にとって東京はある意味繊細な街かもしれません。いや、私が繊細さを求めていただけだったのかも知れないけれど。

 

結局私は小学校時代の夢の中を生きているので、夢が現実だった、あるべき世界の中で過ごしているという感じがします。不思議なもんだ。 

あと数十回実家を行き来したらもう戻らないんじゃないかと思います。

 

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最近蒸し暑すぎてこの写真撮り終わったあと熱中症になりました。週末こういうところに(そんなに遠くない)行かないとリフレッシュ出来ないものもある。あああこれから仕事だあ〜だるい。昨日の頭痛の後遺症が。

1人でドライブ出来るようになりたいなあ。。

 

個人的に気温で年月を感じているので、これから寒くなってちょっと寒さが落ち着いたら1年経ったんだなと思います。

EUREKA 青山真治

現状報告

今の仕事をやり始めてはや4ヶ月ちょい。仕事はだいぶ覚えてきた。もう少しで一通りの仕事の把握はできそうな気がする。人間関係はまだまだ。覚えることもまだ大量にあるから、課題は山積だ。一人暮らしにも少し慣れて、土日に外出出来るようになった。家事もそこそこ。

 

そんな中でEUREKAを観た。初めて観たのは3,4年前くらいかもしれない。借りてきたDVDの調子が悪くうまく再生できなくて大変だった記憶がある。よって最初の梢の台詞を全く覚えてなかった。現在→過去→未来への助走 みたいな感じの構造なのね。津波の話が出て来たと思ったら公開年は2000年でまだ東日本大震災の前なのか。ユリイカの前に上映していたエリエリは未知のウイルスの話だったし、青山真治の頭の中は一体どうなっているんだろう。直感が鋭い。

役所広司の「他人のために生きることは出来るのだろうか」という台詞が1番私の心に響いた。人を心の底から受け入れて愛することの美しさが描かれていた。私にとってのユリイカはこの台詞。

多分3,4年前の自分は目の前の映像の美しさに気を取られて気付かなかった視点。でも青山真治で1番美しいのは映像だから。この人の感性はどこまでも信用できる。もういないのが悔やまれる。

ひたすら内省的な映画であると思うし、同じところをぐるぐると自転車で回っていても良いんだ、そうやって時間をかけて自分の中の何かが成仏するまで自分の内側と向き合っていくしかないんだと思わせてくれる。極めて作家的な考え方が根本にあると思う。梢と直樹を学校に行かせようとはせず自分たちの力と愛で支えるところに沢井の優しさが感じられる。あのあと沢井は死んでしまうのか、、?梢はどうやって生きていくんだろう。あの東京弁のお兄さんと2人で暮らすのかな。直樹が出所するのを待ちながら。直樹は何考えてるのか分からなくて、でも幼いながらもあのバスジャック事件を自分の頭で解釈して殺人を犯した。青山真治自身、「なんで人を殺してはいけないのか」真剣に考えたことのある人なんだろう。殺人は許されない、だが直樹は否定したくない、の2つの気持ちが私の中で揺れていた。

そういえば梢が海に入るところ私は一瞬入水自殺でもするのかと思ってヒヤヒヤしたが、梢は再生したんだね。でも「津波が来てみんな死ぬ」的な死生観も持ち合わせている。この辺綺麗に解決に持っていかないのが凄く好きだ。

 

この映画を見て自分も人を愛せるようになりたいと思い気づいたら泣いていた。今まで自分を愛するので精一杯だったけど余裕が出て来たのだろうか。今の職場の人達や関わってくれる人たちにそんな愛情を少しでも捧げたらと思う。私も変わっていくんだね。青山真治監督、一度会ってみたかったです。最近弟子の甫木元空監督にもハマっているのでビアリストックスのライブ行こうかなあ。。甫木元さんも死生観を作品に出してくる作家なので青山監督と相性良かったんだろうな。2人が多摩美で出会えた奇跡を思う。夢のある世界だ。

 

 

さてさて

会社に入ってから2ヶ月が過ぎようとしている。

仕事はまだ全然覚えられてないし、純粋に業務が難しいなあとなっている。でも本格的に映像の世界に入れたのは良かった。これからどうなっていくのか何もかも未知数だが、色々な人と臆せず話して道を開いていけたら良いなと思う。

大学の呪縛からはこの一年で完全に逃れられるんじゃないかなと思う。それくらい振り切った生活をしているのは確かだ。

18歳の時からなんとなく頭の隅で思い描いていたものが今徐々に現実となっていっている感じだ。ただ小学生の頃から映像のことを考えていたので、ある意味夢を叶えたのかも知れない。いや、想い続けていたから叶ったんだろう。

刺激のある余生という感覚が近い。荒波は乗り切った、あとはただ進むだけ。大きな流れに身を任せて。ここ10年は大きく変わることはないんじゃないかな。

 

なんでこのブログもだらだら日記も思春期記録張という役割を果たしたのではないでしょうか。

これからも色々あると思うし、学ぶことも多いけど此処でもないあそこでもないと四苦八苦しながら1人の力で自分に合う環境を探し続けた12歳からの10年間は長かったなぁと思います。見栄を張らず自分の直感に素直に従うことが出来るようになるというのは本当に難しいことだったんですよね。今でもむずい。

夢を見つけて探して叶える段階をこの10年ちょいで終えた感じですかね。そう思うと壮大なプロジェクトであった...これからも続いていくし何があるかは分からないので明確な終わりは存在しないんだけど。何度も人生観は壊れて変わっていくし正直1ヶ月先だって何も分からないんだもん。

 

また新しいタイプの努力をしなくてはいけないので乗り越えなくてはいけないハードルはまだまだ沢山ある。後回しにしてきたものを今少しずつ理解して挽回しているところです。そんな2025年。

 

では